起業記

起業記 No.1 「親方紹介してくれへん?」

その日僕は、思わず後輩に電話をしていた。

「親方紹介してくれへん?」

土木作業の日雇い労働を紹介してもらうためだ。

・・・

普段は楽天的で、お金の計算もそっちのけ。

今がよければそれでいいじゃん。

そんなふうに考えて生活していた僕も、

さすがに来月の家賃の支払いが非常に困難な状況だということが、
銀行の
WEB通帳を見て理解できた。

家賃を払うお金が足りないという事は、
もちろん食費や諸々その他費用も足りないということだ。

国民健康保険や年金はもちろん滞納している。

「やべ、このままいくと来月、リアルに死んでしまうやん」

ってなわけで、先の後輩への電話というわけなのである。

・・・

ことの発端はというと、いくつか思い当たる節はある。

その中でも1番インパクトが大きかったのは、
それまで勤めてきた東証
1部上場企業を止めたあの瞬間だろう。

サラリーマン時代は、とにかく苦痛の日々だった。

他の人がどうなのかわかんないのだが、
とにかく「言われたことをやる」というスキルが僕には欠落していた。

それと、システム開発をする会社なのだが、
僕はプログラミングができなかった。

プログラミング研修期間も数ヶ月あったのだが、
ちんぷんかんぷんのまま研修期間を終えた。

今思うと、自分が選んで入社しておいて大変申し訳ないのだが、
学ぶ姿勢や、仕事に対する姿勢に欠けた、
アマチュア人間だったのだと思う。

あ、そうだ。

そんな中でも、楽しかった仕事もある。

あまりにもプログラミングができず、
人事部に吹っ飛ばされた後に経験した新規採用の仕事だ。

当時の学生の新規採用の二次面接の前に、
学生に対して入社
3年目までの若い社員がグループトークをするというのがあった。

この若い社員役をやっている時が今思うと1番楽しかった。

学生5-6人に囲まれて、質問に答えていくのだ。

もちろん会社をけなしたりはしない。

大変なこともあるけどやりがいがあるよみたいなことを、面白おかしく話をした。

結果、学生からのフィードバックでは、
印象に残った社員でダントツのナンバーワンだった。

ただし、家があくまでもシステム開発会社だ。

学生を笑かすのが仕事ではないし、そんな事は評価にはつながらない。

人事部での仕事も、結局は言われたことをこなしていく仕事だったため、
日々ストレスが積み上がっていった。

仕事も膨大で、何から手をつけていいのやら状態。

始発で行って終電で帰るような日々が続き、寝不足もあって、
ミスも連発し、いよいよストレスがマックスになろうかという時に、
3年弱勤めた会社を辞めることを決断した。

会社側からすると、僕は非常に使えない人だったと思う。

むしろ、やめてくれてありがとうだったのかもしれない。

僕のほうも、最後のほうは残業代もかさむし、
これって給料もらいすぎだと思うって正直に思っていた。

会社に対しては総じて「ごめん。」って感じなのだが
過ぎてしまったことはしょうがない。

 

状況としては、今まで毎月振り込まれていた給料が
ゼロになるという事がわかっているだけだ。

時はリーマンショック後で、辞めた会社の株も
僕が入社した時に比べて
10分の1になっていた。

なぜそんなことを覚えているかというと、
社員の持ち株システムというのがあり、
そこで毎月積み立てていったお金が
10分の1になっていたからだ。

辞めた直後に引き出したのだが、雀の涙になっていた。

もちろん貯金もない。

しかし、リーマンショック後というのもあり、失業保険が3ヶ月間すぐに振り込まれることがわかった。

とりあえず3カ月間は延命された。

この3ヶ月後に親方を紹介してもらう電話をするのかというとそうでは無い。

その後もなんやかんやあって、すっ飛ばしてしまおうかとも思ったのだが、
せっかくなので紹介しておこうと思う。

まぁインパクトが1番強かったのはやっぱり会社を辞めたことだった。